子供の日、端午の節句へ 37,000円相当本格 破魔の陣太刀プレゼント
(2007/03/05)
子供の日、端午の節句へ 37,000円相当本格 破魔の陣太刀プレゼント
02月23日17時00分~03月23日23時00分 まで

子供の日、端午の節句へ 本格 破魔の陣太刀プレゼント
02月23日17時00分~03月23日23時00分 まで
■端午の節句と太刀の由来
古より太刀は魔除けの為の大事な道具で、刀は戦いの実用具ですが、太刀には儀式としても使用されるもので、五月飾りに使われるのは太刀となります。
太刀がなぜ魔除けに使われるかというと、古来より魔物は光り物を嫌うと考えられていて、太刀の刃物は光り物として護身具に最適だったわけです。宮中では、子供が生まれると男女を問わず守り刀を与え、魔が近寄らないように、と災厄除けを行ったのでした。
太刀を飾るのも魔除けや厄除けといった意味の他に親から子へ強くたくましく育つようにという願いも込めれております。
又節句の時期に限らず、お正月や一年中を通し飾りとしても相応しいものですので、端午の節句のお祝いとしても太刀を是非お飾り下さい。

【現代でも超ええられない世界最高峰の製鉄技術 たたら製鉄による日本刀】
日本刀の原点は大陸文化の影響を受けたもので、武具と同時に神具として崇められていた。日本独特のたたら製鉄には、上質の砂鉄と大量の炭が必要とされ、その技法は現代の製鉄技術の中でも最高峰の質を誇っている。
【太刀】
奈良時代までは刺突武器としての直刀が中心であったが、平安期の頃より反りのある形式が見られ出し、【源平期】には、【鬼切】【鬚切】【漆丸】名刀【薩摩 波平】【陸奥】【備前 友成】【陸奥 安房】など数々の名工が生まれ、【太刀】が目覚しく発展され、鎌倉期に入ると刀身の作りのみならず、当時の最高峰の装飾技術を駆使している。
■太刀は刃を下に向け甲冑の上から装着する、又太刀紐により太刀と甲冑には遊びが生まれるは馬上戦での抜刀を考慮した工夫である。
■■■端午の節句のお話■■■
【尚武】=武芸を尊ぶ事。と言う言葉ご存知ですか?
当時のサムライは、菖蒲の花とこの【尚武】【勝負】と言う言葉をかけ【端午の節句には】菖蒲を飾ります。
又甲冑の革所には、菖蒲革と言って菖蒲の柄の革を張る甲冑も多く見られます。
元来、虫よけとして用いられた【菖蒲】は、魔よけ、厄除けの意味を持つようになったらしいです。
現代でも、菖蒲湯などとして、その風習が残っていますね。
端午の節句には是非、甲冑へ菖蒲を添えてお飾りください。
■鎧兜
菖蒲蔓の変わりに菖蒲で兜を作たのが起源とされ、後に武者人形や本物の甲冑を飾るようになった。又泰平の世(江戸期)には、正月と5月5日には甲冑を出し手入れを行ない、普段の備えを忘れないと言う意味合いも持っていた。同時に【破魔】【守り】【固め】の意味を持つ。
■のぼり
武家が節句に各々の、のぼり旗(合戦で使用する旗)を上げたのが起源とされるようで、後に武家の、のぼりを上げられない町人の間で、鯉のぼりが立てられるようになった。
■菖蒲湯
中国の邪気払い意味があり、後に武家の間で、尚武/勝負にかけられて、より尊ばれるようになった。
■ちまき
中国の人物の供養が伝わったもの。
■柏餅
柏の花は中々おちない事からやはり縁起ものとして食べられた。
☆■【端午の節句元来は女性が楽しんだ節句】だったと言う話し
言霊(コトダマ)を重んじた先人達は、文字一つ一つにその意味を持たせ【サ】と言う言葉には『早乙女』『早苗』『五月(サツキ)』と言った様に、穀霊に結び付く意味合いを持たせました。
旧暦の端午の節句の時期に行なっていた、田植えは、汚れ無き、早乙女達が、行ったとされ、四国などでは5月5日は『女の天下』と今でも伝わっているらしいですし、又それは、近松門左衛門の書に残る
『五月五日の一夜を女の家と言うぞかし』
でもわかります。
元来、五月五日は女性を尊ぶ日(ともに豊穣を祈る)とされ、祝われたと言うお話でした。
